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おかげさまで創業46周年!記念キャンペーン実施中!

~「伝統にんにく卵黄」でおなじみの健康家族
2022年1月18日 09時00分

自社でにんにくの有機栽培を行い、それを原料にした滋養食品を販売している株式会社健康家族(本社:鹿児島県鹿児島市平之町、代表取締役社長:藤 朋子)は、今年の1月25日(火)で創業46周年を迎える。それを記念してプレゼントキャンペーンを実施している。

■オリジナルカレンダーがもらえるキャンペーン実施中!
自社農場で育てた有機にんにくを原料にした健康食品を中心に製造・販売している健康家族。主力商品である「伝統にんにく卵黄」は発売から28年のロングセラー商品で、販売累計数はなんと、1億4800万袋(2021年12月調べ)を超えている。そんな健康家族は、今年の1月25日(火)に創業から46周年を迎える。それを記念して、1月1日(土)~3月31日(木)までの期間限定で、健康家族の健康食品を初めてご注文くださった方にオリジナルの「本多荘輔の情熱にんにく畑 卓上カレンダー」をプレゼントしている。ご注文は公式ホームページから。この機会にぜひ、日本では珍しい有機栽培のにんにくだけを使った、長年愛され続ける健康家族のこだわり商品を試してみてはどうか。
このオリジナルカレンダーに描かれている「本多荘輔の情熱にんにく畑」こそ、健康家族の自社農場だ。そして、にんにくに人生の全てをかけた健康家族の創業者が、本多荘輔である。
▲健康家族オリジナル「本多荘輔の情熱にんにく畑 卓上カレンダー」
■歴史の始まりは、46年前の1月25日
▲創業当時は店舗付住宅で健康食品販売を始める

46年前の1976年(昭和51年)。当時の日本を振り返ると、冒険家・植村直己が1万2000kmの北極圏単独犬ぞり横断を達成。昭和を代表するアイドル、ピンクレディーが『ペッパー警部』でデビュー、鹿児島で日本初となる五つ子が誕生などのニュースで沸いていた。一方、ロッキード事件で田中角栄が逮捕されて日本に激震が走る。また、学校給食に米飯が導入された年でもあった。健康家族はそんな時代に、創業者・本多荘輔の手によって産声を上げ、健康食品を商いとしてスタートさせた。

■人生の全てをにんにくに捧げた、創業者・本多荘輔
▲健康家族の創業者・本多荘輔

ここで、創業者・本多荘輔について、生い立ちから見ていきたいと思う。荘輔は昭和一桁の生まれ。戦中戦後の食糧難の時代を経験していたため、幼い頃から「食と健康」に対して人一倍敏感だった。社会人となり外資系セールスの仕事に就き、多忙な毎日を送る中、無理がたたり入院。胃の3分の2を切除するという大手術を経験した。そんな中、荘輔は病院のベッドの上で自問自答する日々を過ごす。それは、幼い頃から常に頭に付きまとっていた「食と健康」のこと。「食がきちんとしていなければ、健康にはなれない。仕事に追われていつの間にか一番大切な食の部分を、自分はなおざりにしてしまっていたのではないか?」そんな思いにかられた荘輔は、健康になるための食品を自らの手で選び、それを商いとしてお客様にもお届けしていこうと決意する。そして46年前、荘輔と妻の泰子は、健康食品を販売する仕事を始めた。

■葛藤の末に生まれた「伝統にんにく卵黄」
▲(左)現在の伝統にんにく卵黄パッケージ (右)発売当初のパッケージ

当時は健康食品が認知されてまだ広まり始めたばかり。様々な種類の商品が売り出され、「健康食品は価格が高いもの」が当たり前。家族皆で飲める、安価な健康食品がほとんど無い時代だった。お客様に高額な商品を配達する中、荘輔は葛藤を抱えていた。「家族皆で毎日続けて飲むためには値段も手頃でないと駄目だ。全国のお客さまの健康のために手軽に買えて、本当に質の良いものを自分の手で生み出さなければ」。それから理想の健康食品を模索する日が続く。しかし、なかなかこれというものに巡り合えずにいた。そんなある日、鹿児島に江戸時代から伝わる秘伝食「にんにく卵黄」の存在を耳にする。荘輔はその瞬間「これこそ待ち焦がれていたものだ」と直感。しかしその当時、手間と臭いの凄さから、にんにく卵黄を手作りする人はほとんどいなくなっていた。何とか作り手の元に辿り着いた荘輔は、一からその作り方を教えてもらい、家中をにんにくの臭いで充満させながら試行錯誤を繰り返す。そして1993年、ついに臭いを気にせず飲めるソフトカプセルタイプの「伝統にんにく卵黄」を世に送り出した。

■安心をお届けするために…有機にんにく栽培への挑戦
家族皆で飲める安価な健康食品がほとんど無かった時代、瞬く間に「伝統にんにく卵黄」は日本中のご家族から好評を博す。しかし、荘輔はそれで満足しなかった。「中身が見えない健康食品だからこそ、安心してお客様に飲んでいただきたい。そのためには、農薬や化学肥料を使わない有機にんにくを素材にしよう」。決意を固く決めた荘輔だったが、にんにくの大規模な有機栽培は専門家の間でも「不可能」と言われていた当時、日本全国を回っても協力してくれる農家は見つからない。にんにくは病気に弱く、農薬や化学肥料を使用せずに栽培するのは難しいというのが常識だったからだ。「それなら自分たちで作るしかない」。2003年、荘輔は自分たちで畑を持ち、有機にんにくを作るところから始めた。
▲乾燥させている最中のにんにくの前で。創業者・本多荘輔
■苦難の連続だった「本多荘輔の情熱にんにく畑」
▲宮崎県小林市のひなもり岳を望む「本多荘輔の情熱にんにく畑」

まずは畑の開墾。山地や牧草地を譲り受け、石を除いて耕し、土づくりから始めた。翌年にはにんにくを植え付け、順調に生育。このまま収穫を迎えるかと思われた5月初旬、雨が降り続き、低地にある畑のにんにくが半分も流されてしまうという不運に見舞われる。無情にもいきなり厳しい自然の洗礼を受けてしまうのだった。有機栽培なので除草剤も使えない。畑は草むしりだけで日が暮れてしまう。病気になったにんにくは、泣く泣く捨てた。病気になれば廃棄するしかないのだ。農薬を使わない、化学肥料も使わない畑でのにんにく栽培は想像していた以上に苦悩の連続だった。そんな中でも荘輔は「採れる量が少なくても、良いにんにくを作ることが大切だ」と言い続けていた。そして2010年5月、苦労の末、全ての畑で有機JAS認定を取得。その面積は50町歩、気付けば東京ドーム約11個分もの広さにまでに拡大していた。荘輔の想いが詰まった健康家族の畑。それが「本多荘輔の情熱にんにく畑」である。

▲妻、泰子とにんにくの植え付け作業に勤しむ
■100年先も全国のご家族の健康に貢献する企業へ
農薬や化学肥料に頼ることなく、手間暇かけて行う有機栽培。これはまさに、今、世界中が動き出しているサステナビリティ(持続可能性)に配慮した取り組みとも言える。SDGsが生まれるはるか前から続けられている、健康家族の有機にんにく栽培。今回創業46周年を迎えるにあたり、今一度、本多荘輔の教えを元に原点へ立ち返る。荘輔の口癖だった「健康のために口にするものは素材自体が健康でなければならない」という教えを大切に受け継ぎ、46周年を一つの通過点として、100年先、200年先まで色あせることのない情熱をもって、全国のご家族の健康づくりに貢献し続ける。
▲除草も手作業。365日にんにくの有機栽培に愛と情熱を注ぎ続ける